ルノワールに関する一考察


30歳頃~@1870年頃~

1868年から、戸外の光を画面に描きんだ作品がみられる。森の木漏れ日をうけて立つ女性を描いた「リーズ」が最初だと言われている。この頃から彼の絵は、60年代の作品にみられる暗い色調から、明るい色彩を用いた絵に変化してゆき、色彩と光の効果を追及する印象派らしい絵を描き始める。
これには、アルジャントゥイユで多くの時間をともに過ごした友人モネの影響も大きいだろう。72年にモネが居を構えたアルジャントゥイユの風景を73年に描いている。同アングルから描いたモネの作品も残っている「アルジャントゥイユの橋」は、全体的に輪郭のはっきりしない中、影になった橋脚と日光を浴びた橋脚の対比が印象的な作品である。この頃、彼が印象主義に熱狂していたことがうかがえる作品である。
1874年の第一回印象派展への参加と前後して、ルノワールは肖像画の依頼を受けるようになる。
74年制作の「ル・クール氏の肖像」は、戸外の強い光を浴びて立つ同氏を描いており、右手を突っ込んだポケットやズボンの左腿あたりに筆跡もあらわに白い絵の具が多く重ねられ、まぶしい光を表現している。また特に足元は、背景の土色からズボンのブルーグレーが浮かび上がるような立体感に驚く。弱い色調を用いて効果的にコントラストをうむことを極めた彼の優れた色彩感覚の片鱗が見られるように思う。
また、1870年代前半には、ドラクロワの影響をうけた「アルジェリア風のパリの女」などの東方趣味の色彩をもつ作品も知られている。

1868年から、戸外の光を画面に描きんだ作品がみられる。森の木漏れ日をうけて立つ女性を描いた「リーズ」が最初だと言われている。この頃から彼の絵は、60年代の作品にみられる暗い色調から、明るい色彩を用いた絵に変化してゆき、色彩と光の効果を追及する印象派らしい絵を描き始める。
これには、アルジャントゥイユで多くの時間をともに過ごした友人モネの影響も大きいだろう。72年にモネが居を構えたアルジャントゥイユの風景を73年に描いている。同アングルから描いたモネの作品も残っている「アルジャントゥイユの橋」は、全体的に輪郭のはっきりしない中、影になった橋脚と日光を浴びた橋脚の対比が印象的な作品である。この頃、彼が印象主義に熱狂していたことがうかがえる作品である。
1874年の第一回印象派展への参加と前後して、ルノワールは肖像画の依頼を受けるようになる。
74年制作の「ル・クール氏の肖像」は、戸外の強い光を浴びて立つ同氏を描いており、右手を突っ込んだポケットやズボンの左腿あたりに筆跡もあらわに白い絵の具が多く重ねられ、まぶしい光を表現している。また特に足元は、背景の土色からズボンのブルーグレーが浮かび上がるような立体感に驚く。弱い色調を用いて効果的にコントラストをうむことを極めた彼の優れた色彩感覚の片鱗が見られるように思う。

また、1870年代前半には、ドラクロワの影響をうけた「アルジェリア風のパリの女」などの東方趣味の色彩をもつ作品も知られている。