ルノワールに関する一考察
日本で人気の高い印象派画家ピエール・オーギュスト・ルノワールについて、その絵画学習と画風の変遷を時代別にまとめた。
個人的に、印象派のあたりから、西洋画壇にみられる新たな絵画を取り込もうとする気風は、とても面白い波紋を当時の社会に投げかけたように思う。 新しい表現方法が編み出されるたびに、その時代ではしばしば「何を描いたのか理解されない」ことがある。ここでとりあげるルノワールを例にだしていえば、「戸外の光が人物や者に投げかける陰影」であろう。現代の私たちがその絵をみて、当たり前のように「光」と瞬時に理解できるのは「視覚が教育されたから」であり、自分の見るものが当時の人々の目に同じように映ったと考えることは誤りである。
絵は、記号である。どのように写実的に描いても、絵とは、平面のうえに表現された色彩のまだら模様でしかない。平面上の色彩の集合を、何が描かれたものなのか脳が理解するためには、一度あたまの中で平面を立体に置き換えるという作業が必要となる。その色彩の集合(平面)と実際の現象(立体)との間をつなげる理解が一般に共有されてはじめて、絵は普遍的に受け入れられるようになるのである。 「ものの側面を黒で塗ると影をあらわす」という今では当たり前の絵画表現も、絵の中に影を描き込むことが当たり前でなかった時代には、なぜこんなところが黒ずんでいるのか?と批判されたのである。「ものの側面に塗られた黒」という記号が影をあらわすという理解が世間に浸透するには、そのような絵が世に出てから幾ばくかの時間がかかった。 もちろんこれは一つの例でしかないが、このような公式が人々にたたき込まれていない時代があったということ、その時代の人々の視覚を教育した絵画がなんだったのかということ、それらを念頭に置きながら、この時代の絵をみるときっともっと楽しいだろうと思う。また、これからの時代、いまは難解に思える現代美術の中からも、新たな記号が生まれてくるかもしれない。 最終章では、ルノワール作の制作年代不明「鏡の前の若い女性」を取り上げ、画風に注目してそのだいたいの制作年代について推論を試みようと思う。