ルノワールに関する一考察


「鏡の前の若い女性」と晩年の女性像の考察

「鏡の前の若い女性」は、晩年に描かれるかなり肥えた女性に当てはまり、また耳のあたりに左手をもってくるポーズが1911年制作の「バラを飾るガブリエル」とよく似ていることから、まずこれは晩年の作と考えられる。
彼の描く女性像は1909年の「座る娘(エレーヌ・ベロン)」がピークだと思う。ルノワールが三か月を費やしたというこの絵は、非常に細やかに描き込まれている。「スペインのギター弾き」でもみられた、やわらかな輪郭線の中の明確なフォルムが清新な印象をあたえる。またやわらかな顔の輪郭線にぷりぷりとした頬がはちきれそうに輝き、光を入れられた瞳によってモデルが非常に明るく生き生きとしている。モデルに慣れていないエレーヌ・ベロンの所在無げな視線や恥じらうような唇がよく表され、腕に至ってまで丁寧にふっくらと若くて血色のいい肌が表現されている。
これと比べると、「鏡の前の若い女性」は輪郭がぼけているうえ、肌に筆のタッチが残る。
「座る娘」(1909)→「バラを飾るガブリエル」(1911)→「コロナ・ロマノ(バラの若い女)」(1912)→「バラ色の服をきたコロナ・ロマノの肖像」(1913)と順にみていくと、徐々に輪郭がぼやるとともに、身近な生活の中の個性、切り取られていない姿態という特徴が減ってゆくように思う。この没個性は、楽園的なぼやかされた女性像となって「水浴の後」(1915)にあらわれる。「鏡の前の若い女性」の特徴は、1911~15年の頃に位置づけられると思う。
また、肌の色をみると、やや暗い肌色の「ガブリエル」と赤みの強い「バラの女」と「鏡の前の若い女性」はだいぶ異なり、むしろこれらの間の1912年制作の「コロナ・ロマノの肖像」の黄色みがかったものに近い。
しかしそれよりも近いのは、亡くなる前の年に描かれた「アデル・ペッソン」(1918)の肌色である。肌質も似ている。
加えて、画面の鏡がもはや背景と一体化しているところも、アデル・ペッソンのドレスが肌や背景の色彩に溶け込んでいるところに酷似しているように思う。
また背景を観察すると、落ち着いた色彩を用いて若くないモデルとの秀逸な調和を醸すガブリエルの絵にはじまって、「バラの女」も「アデル・ペッソン」もあまり色数の多くない落ち着いた色彩である。
これに対し、「鏡の前の若い女性」の背景は、赤も青も黄も緑も奔放に散りばめられている。この四方へ拡散するとりどりの色は、1915年の「水浴の後」の画面に散らばる色と、明度彩度や色の比率に似ており、弛緩した幸福感が共通している。この、技術を通り越してもはや画家の手を離れて高揚してゆく幸福感は、アデル・ペッソンの絵の全体を覆う黄色に辿りつくのではないだろうか。
これらのことから、本作は1913年制作「バラ色の服をきたコロナ・ロマノの肖像」以降、1918年制作「アデル・ペッソン」以前、1915年制作「水浴の後」前後に描かれたものではないかと推察する。

「鏡の前の若い女性」は、晩年に描かれるかなり肥えた女性に当てはまり、また耳のあたりに左手をもってくるポーズが1911年制作の「バラを飾るガブリエル」とよく似ていることから、まずこれは晩年の作と考えられる。
彼の描く女性像は1909年の「座る娘(エレーヌ・ベロン)」がピークだと思う。ルノワールが三か月を費やしたというこの絵は、非常に細やかに描き込まれている。「スペインのギター弾き」でもみられた、やわらかな輪郭線の中の明確なフォルムが清新な印象をあたえる。またやわらかな顔の輪郭線にぷりぷりとした頬がはちきれそうに輝き、光を入れられた瞳によってモデルが非常に明るく生き生きとしている。モデルに慣れていないエレーヌ・ベロンの所在無げな視線や恥じらうような唇がよく表され、腕に至ってまで丁寧にふっくらと若くて血色のいい肌が表現されている。  これと比べると、「鏡の前の若い女性」は輪郭がぼけているうえ、肌に筆のタッチが残る。
「座る娘」(1909)→「バラを飾るガブリエル」(1911)→「コロナ・ロマノ(バラの若い女)」(1912)→「バラ色の服をきたコロナ・ロマノの肖像」(1913)と順にみていくと、徐々に輪郭がぼやるとともに、身近な生活の中の個性、切り取られていない姿態という特徴が減ってゆくように思う。この没個性は、楽園的なぼやかされた女性像となって「水浴の後」(1915)にあらわれる。「鏡の前の若い女性」の特徴は、1911~15年の頃に位置づけられると思う。
また、肌の色をみると、やや暗い肌色の「ガブリエル」と赤みの強い「バラの女」と「鏡の前の若い女性」はだいぶ異なり、むしろこれらの間の1912年制作の「コロナ・ロマノの肖像」の黄色みがかったものに近い。 しかしそれよりも近いのは、亡くなる前の年に描かれた「アデル・ペッソン」(1918)の肌色である。肌質も似ている。 加えて、画面の鏡がもはや背景と一体化しているところも、アデル・ペッソンのドレスが肌や背景の色彩に溶け込んでいるところに酷似しているように思う。
また背景を観察すると、落ち着いた色彩を用いて若くないモデルとの秀逸な調和を醸すガブリエルの絵にはじまって、「バラの女」も「アデル・ペッソン」もあまり色数の多くない落ち着いた色彩である。 これに対し、「鏡の前の若い女性」の背景は、赤も青も黄も緑も奔放に散りばめられている。この四方へ拡散するとりどりの色は、1915年の「水浴の後」の画面に散らばる色と、明度彩度や色の比率に似ており、弛緩した幸福感が共通している。この、技術を通り越してもはや画家の手を離れて高揚してゆく幸福感は、アデル・ペッソンの絵の全体を覆う黄色に辿りつくのではないだろうか。
これらのことから、本作は1913年制作「バラ色の服をきたコロナ・ロマノの肖像」以降、1918年制作「アデル・ペッソン」以前、1915年制作「水浴の後」前後に描かれたものではないかと推察する。