ルノワールに関する一考察
1907年にルノワールは、リュウマチの療養も兼ねてカーニュに建てたコレットに移る。 ここで没するまで描かれ続けたのは、かなり豊満な女性像やバラの花である。描かれる女性にたわわに肉が付けられるのは、ラファエロの影響もあると言われている。 また、プロのモデルではなく身近な女性たちを描いたせいもあるだろうが、ぼんやりと描かれるドレスに引き立てられて目鼻立ちがくっきりし、目には光、頬には紅がさし、そこにはリアルな生気が感じられる。 以後ますます彼の描く女性には、手放しの楽しげな生きる喜びのようなものが溢れる。それはリュウマチのせいか好みのせいか、筆致が大まかになった最晩年まで変わらない特徴である。