ルノワールに関する一考察


50歳頃~@1890年頃~

1890年代以降、ルノワールは透明な絵の具を用いた軽やかな色彩を発揮するようになる。一時期フレスコ画の影響で油を抜いた絵の具を使っていたらしいが、この頃から再びつややかな画面が戻る。
しかし同じ油絵具でも、印象派は不透明で強い色の絵の具を多用するのに対し、ルノワールはガランス系の弱い色の絵の具を使っている。もはや彼は印象派とは呼べなくなっていた。
そして同時に、つやのあるマチエールで描いた上流階級の人々の肖像画は人気を博し、彼は売れる画家となってゆく。
また1892年のスペイン旅行をうけてか、この頃はスペインの風俗を多く描いている。
1894年制作の「スペインのギター弾き」は、ぼかされた中にもなめらかなフォルムがよくみてとれる。また、左上の植物の緑、右上の壁の橙、右下の帽子の黒、左下の靴下の白といった具合に、四隅におかれた異なる色が、弦からポロポロ奏でられる影のあるスペイン音楽の醸す雰囲気ある空気を感じさせ、さらに右上がりに伸びたギターのネックと足の置き方がバランスのよい構成をつくり、あくまでも中央のサウンドホールに焦点が置かれるという、バランスよくまとまった秀作といえるだろう。
晩年に向かう画家の落ち着いた余裕が感じられるように思う。
このスペイン旅行では17世紀のバロック画家ベラスケスにいたく感銘をうけており、やはりルノワールは生涯をとおして古典趣味の傾向があるといえる。晩年にみられるいささか神話的すぎる画風も、こういった経験によるのではないだろうか。
また、この頃からリュウマチが悪化する。1917年制作の、同じくスペイン風の題材を扱った「闘牛士姿のアンブロワーズ・ヴォラール」は、斜めに腰かけた男の足先とは反対側の床に据えられたバラの花によって効果的に画面に安定感と茶目っ気が付され、晩年のルノワールの技術ないし感性の円熟を感じるが、ふくらはぎの肌は「スペインのギター弾き」の頃よりも平面的で細やかでなくなっている。
手が不自由なせいか、そのような画面を好むようになったせいかは判断が難しい。

1890年代以降、ルノワールは透明な絵の具を用いた軽やかな色彩を発揮するようになる。一時期フレスコ画の影響で油を抜いた絵の具を使っていたらしいが、この頃から再びつややかな画面が戻る。 しかし同じ油絵具でも、印象派は不透明で強い色の絵の具を多用するのに対し、ルノワールはガランス系の弱い色の絵の具を使っている。もはや彼は印象派とは呼べなくなっていた。 そして同時に、つやのあるマチエールで描いた上流階級の人々の肖像画は人気を博し、彼は売れる画家となってゆく。
また1892年のスペイン旅行をうけてか、この頃はスペインの風俗を多く描いている。 1894年制作の「スペインのギター弾き」は、ぼかされた中にもなめらかなフォルムがよくみてとれる。また、左上の植物の緑、右上の壁の橙、右下の帽子の黒、左下の靴下の白といった具合に、四隅におかれた異なる色が、弦からポロポロ奏でられる影のあるスペイン音楽の醸す雰囲気ある空気を感じさせ、さらに右上がりに伸びたギターのネックと足の置き方がバランスのよい構成をつくり、あくまでも中央のサウンドホールに焦点が置かれるという、バランスよくまとまった秀作といえるだろう。 晩年に向かう画家の落ち着いた余裕が感じられるように思う。
このスペイン旅行では17世紀のバロック画家ベラスケスにいたく感銘をうけており、やはりルノワールは生涯をとおして古典趣味の傾向があるといえる。晩年にみられるいささか神話的すぎる画風も、こういった経験によるのではないだろうか。
また、この頃からリュウマチが悪化する。1917年制作の、同じくスペイン風の題材を扱った「闘牛士姿のアンブロワーズ・ヴォラール」は、斜めに腰かけた男の足先とは反対側の床に据えられたバラの花によって効果的に画面に安定感と茶目っ気が付され、晩年のルノワールの技術ないし感性の円熟を感じるが、ふくらはぎの肌は「スペインのギター弾き」の頃よりも平面的で細やかでなくなっている。 手が不自由なせいか、そのような画面を好むようになったせいかは判断が難しい。